ストーカーと愛の関係性を探る

私はふと、思う。

昔、テレビで誰かが言っていた。
「ストーカーなんて、自分の最高の恋人じゃないか。」

そうだろうか。
私も一時期、そういうもんかと思っていた。

しかし、今、こうして改めて考えてみる。


私にも、ストーカー(とまでは言わないだろうが)の気がないわけではない。
いや、ある意味、やはりストーカーの気質・・・かもしれないが、
『我欲』
のみで相手の女性を好きになる、場合がある。
それは、相手の女性に対し、何かを与えたい、という感情ではなく、
彼女から何かを「奪いたい」という感情が優先される場合である。

相手の女性といることで、
100%側にいることで、
自分の中で彼女を求める欲が腹いっぱいに満たされる状況があるのだとすれば、
それは自分が「得る」ことに満足しているのであって、
仮に彼女に何かを与えている場合があるとしても、
それはどこかで何かの見返りを期待した行動に他ならないのではないか。

それは『愛』と呼べる代物ではないように思う。

私が『愛』を語るのは100年早いが、
奪い尽くすことを『愛』と呼ぶことは断じて間違いであると感じる。

ストーカーというのは、
つまり、つまるところ相手を奪い尽くす行為に他ならないのではないか。
しかし、それも愛の一つなのだろうか。

『愛』の裏側にあるものは、『憎悪』だという。
「可愛さ余って憎さ百倍」
とは、このことかどうか分からないが、

ストーカーが、
「何故、俺が(私が)お前をこれほど愛しているのに、お前は私を愛さないのだ」

そう言って、殺人まで犯すことがあることは、
それはどう考えたら愛する相手に行なう行為だと言えるのであろう。


愛とは、無償のものであると、誰かが言った。
ストーカーの言う『愛』とは有償、
「相手の全てを奪い尽くすこと」
古くからの誰かが言っていた「愛」とは対照的なものではないかと感じうる次第である。


これらの事例から導き出される恋愛の法則は・・・

『ストーカーのいう「愛」とは、自らが「得る」ことを目的とした愛以外の何ものでもないのではないか』

と、堅苦しく考えてしまう次第である。

love_renai_etarnity at 15:27 │Comments(0)clip!

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